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過去のお知らせ

理研変異マウスライブラリーからGumbyの新しい機能を発見
-がん治療から神経発生まで広い応用に期待できる成果-

BRC新規変異マウス研究開発チームの協力した研究成果が、2013年6月20日、科学誌「Nature」のArticle論文[1]として発表されました。

この論文は、カナダ・マウントサイナイ病院サミュエル・ルーネンフェルト研究所のSabine P. Cordes博士らの研究グループによる成果で、理研BRCからは、新規変異マウス研究開発チーム 権藤洋一 チームリーダー、福村龍太郎開発研究員が協力しています。

本研究の中で、理研BRCは、研究対象となった「Gumby (Fam105b)」遺伝子に変異を持つマウス系統の探索•樹立を担当しました。

なお、この研究成果は、RIKEN RESEARCHにも掲載されました。
  >> 血管新生の分子メカニズム解明への第一歩(2013年10月18日)
  >> Putting a halt to blood vessel branching (30 August 2013)

(1)本研究成果の主な意義
(2)Gumby 遺伝子に変異を持つマウス系統の探索・樹立
(3)本研究成果と関連するバイオリソース

(1)本研究成果の主な意義

1.「脳血液関門」
発生・分化面の解析から、Gumby は、必須栄養分の脳への供給を制御する脳血液関門を形成する血管に影響し、特定の標的分子から(脳を)隔離する可能性が示されました。また、Gumby 遺伝子に支障が生じると、血管の発生と機能が阻害され、脳への血流がブロックされ、精神関連異常を起こすことにもつながると考えられています。
Gumby 遺伝子と血管新生の関わりが今回明らかにされ、この遺伝子が、特定のがん、とくに外科手術が難しい脳腫瘍処置などにおいて、血流制御による新しい投薬治療のターゲットとなりうることが示されました。

2.「ユビキチン化/脱ユビキチン化」
細胞内のタンパク質には絶えず、ユビキチンが付加されたり、逆に、付加されたユビキチンが外されたりしています。それぞれ、ユビキチン化、脱ユビキチン化と呼ばれていますが、一般的にユビキチン化されたタンパク質は細胞内で速やかに分解除去され、逆に、脱ユビキチン化されると安定化されます。
すなわち、各タンパク質には、それぞれ極めて特異的なユビキチン化/脱ユビキチン化のメカニズムがあって、いつどのくらいどこにそのタンパク質が存在して機能するか、という、生命にとって重要な役割を務めています。このタンパク質ごとの極めて特異的な「ユビキチン化/脱ユビキチン化」のメカニズムをいま多くの研究者が解明していますが、まだ始まったばかりといっても過言ではない、というのが現状です。
今回、Gumbyタンパク質の生化学的解析から、直鎖状ユビキチンを特定のタンパク質から選択的に取り除く機能があるということも、今回新たに解明されました。

3.「ネコなき症候群」
ヒト疾患モデルとして、今回の研究成果では、「ネコなき症候群」の治療ターゲットをはじめて発見した可能性があるとも見られています。
「ネコなき症候群」は、約2万人にひとりの子どもに見られる障害で、ヒト5番染色体の複数の遺伝子が欠損しており、ネコに似た高い声が特徴で、知能障害、発達遅滞、特徴的顔貌を伴うものです。Gumby 遺伝子は、そのヒト5番染色体の責任領域に位置するとともに、ネコなき症候群の精神遅滞および特徴的顔貌とも相関していました。

(2)Gumby 遺伝子に変異を持つマウス系統の探索・樹立

特定の遺伝子に変異を持つことが分かっているなど、系統として既に確立された実験用マウスについては、理研BRCをはじめとするリソース機関が公開しており、そこから入手することが可能です。一方、研究対象とする遺伝子に変異を持つマウスがまだ系統化されていない場合は、「理研変異マウスライブラリー」を利用することができます[2]。理研変異マウスライブラリーとは、ゲノムDNAに約5000箇所のランダムな点突然変異を持つマウスを、1万系統以上、凍結精子の形で保管しているものです。このように大規模にバンク化したことで、このライブラリーにはどの遺伝子にも点突然変異をもつマウスが10系統以上あり、理研では、実際に、標的とする遺伝子に変異をもつマウスを高速高精度に検出発見するシステムも構築しました。このライブラリーの利用を2002年から一般に公開し、国内外の研究者の依頼に応じて、特定遺伝子に変異をもつマウスを系統化して提供しています。提供したマウス系統は、その解析結果が明らかになり次第、さらに広く一般に理研BRCから公開提供します。

今回の研究では、まず、Sabine P. Cordes博士らが、頭部神経網および血管網の異常によって胎生後期に致死となる全く新しい突然変異を独自に発見し、その原因がGumby (Fam105b) 遺伝子に点突然変異が生じ、Gumbyタンパク質の96番目のトリプトファンがアルギニンに置換(W96R)していたためであること明らかにしていましたが、このGumby 遺伝子と変異の生物学的機能を明らかにするためには、もっといろいろな点突然変異をもつマウス系統が必要となり「理研変異マウスライブラリー」の利用申込が理研BRCにありました。

理研において、依頼されたGumby 遺伝子に点突然変異を持つマウス系統を探索したところ、ライブラリーから新たに9系統の異なった変異マウスを同定しました。そのなかから要望のあった5系統について、凍結精子から生きたマウスに復元し、提供しました。

Sabine P. Cordes博士らは、提供されたマウスを用いて、戻し交配による系統化と表現型解析を実施しました。そして、最終的に、Gumbyタンパク質の336番目のアスパラギン酸がグルタミン酸に置換したD336E変異をもつ1系統と、オリジナルのW96R系統から、

  1. Gumbyタンパク質が、直鎖状ユビキチン特異的な脱ユビキン化酵素をコードしていること、
  2. Gumby タンパク質がDVL2タンパク質と相互作用し、内皮細胞において古典的Wntシグナル伝達を調節していること、
  3. さらにHOIPとも相互作用し、転写因子NF-κBから直鎖状ユビキチンを取り除くこと、
  4. 変異マウスではこういった機能がそこなわれ血管新生に必要な遺伝子群の活性化が妨げられていること、
  5. Gumbyタンパク質のX線結晶解析からも、変異タンパク質では2つとも3次元構造が変わり、NF-κBとの結合や脱ユビキチン化に影響をおよぼすこと

など、今回の成果につながる一連の解析結果が得られました。

このように、理研変異マウスライブラリーから探索•提供されたマウス系統が、様々な遺伝子の機能解明やヒト疾患のモデル化に役立ち、世界中の研究者の成果につながっています。

確立した一連の変異マウスおよび疾患モデルマウスは、すべて理研BRC実験動物開発室から公開・提供しています。今回のGumby D336E系統を含む9系統は、以下の通りで、すでに一般提供が可能です(カタログにも近日掲載予定)。また、同時に解析されたGumby W96R系統や戻し交配されたD336E系統も、Sabine P. Cordes博士らより近々寄託され、公開・一般提供開始となる予定です。

(3)本研究成果と関連するバイオリソース

遺伝子名情報 変異情報 突然変異名 BRC固有番号 備考
遺伝子名 遺伝子
シンボル
塩基
置換
変異の
タイプ
アミノ酸
置換
理研変異マウスライブラリーから新たに確立された変異系統
Gumby Fam105b T→C intron   Fam105b<Rgsc02148> RBRC-GD000203 カナダ・サミュエル・ルーネンフェルト研究所へ提供
Gumby Fam105b G→C missense Val > Leu Fam105b<Rgsc02150> RBRC-GD000142  
Gumby Fam105b T→A intron   Fam105b<Rgsc02151> RBRC-GD000204 カナダ・サミュエル・ルーネンフェルト研究所へ提供
Gumby Fam105b T→A nonsense Cys > Stop Fam105b<Rgsc02149> RBRC-GD000122  
Gumby Fam105b T→A missense Met > Lys Fam105b<Rgsc02155> RBRC-GD000143  
Gumby Fam105b T→C intron   Fam105b<Rgsc02156> RBRC-GD000205 カナダ・サミュエル・ルーネンフェルト研究所へ提供
Gumby Fam105b T→A missense Asp > Glu Fam105b<Rgsc02168> RBRC-GD000144 カナダ・サミュエル・ルーネンフェルト研究所へ提供したD336E変異を持つ系統
Gumby Fam105b T→A nonsense Tyr > Stop Fam105b<Rgsc02169> RBRC-GD000145  
Gumby Fam105b T→A intron   Fam105b<Rgsc02108> RBRC-GD000206 カナダ・サミュエル・ルーネンフェルト研究所へ提供
カナダ・サミュエル・ルーネンフェルト研究所においてコンジェニック化され今回の成果の基盤となった系統
Gumby Fam105b T→A missense Asp > Glu Fam105b<Rgsc02168> 手続中 RBRC-GD000144を戻し交配した系統
Gumby Fam105b T→A missense Trp > Arg 手続中 手続中 カナダ・サミュエル・ルーネンフェルト研究所が独自に開発したW96R系統

[1] Elena Rivkin, Stephanie M. Almeida, Derek F. Ceccarelli, Yu-Chi Juang, Teresa A. MacLean, Tharan Srikumar, Hao Huang, Wade H. Dunham, Ryutaro Fukumura, Gang Xie, Yoichi Gondo, Brian Raught, Anne-Claude Gingras, Frank Sicheri & Sabine P. Cordes
The linear ubiquitin-specific deubiquitinase gumby regulates angiogenesis
(日本語要約)発生生物学:直鎖状ユビキチン特異的な脱ユビキチン化酵素gumbyは血管形成を制御する
Nature 498, 318–324 (20 June 2013)

[2] Yoichi Gondo, Ryutaro Fukumura, Takuya Murata, Shigeru Makino
ENU-based gene-driven mutagenesis in the mouse: a next-generation gene-targeting system.